富浦

とみうら

Tomiura

旧富浦町に位置する南房総市の代表駅

所在地

千葉県南房総市

1日平均乗車人員

JR東日本(2022年)約170人

Train line

内房線

上り
木更津・千葉方面

下り
館山・安房鴨川方面

普通

どんな駅?

JR東日本


内房線(蘇我起点)79.8km


開業日 1918年(大正7年)8月10日

 

南房総市の中心駅。旧富浦町時代からの名産品だった「びわ」をモチーフにした駅舎を持つ。駅舎は1995年に完成したものでコミュニティセンター兼待合室が併設されている。

 

駅舎から跨線橋を渡った先がホーム。有効長11両に折り返し可能と、小さめな中間駅にしては設備が良い。

 

南房総市は館山市を取り囲むように位置しているため、岩井駅と富浦駅は南房総市、那古船形駅・館山駅・九重駅は館山市、千倉駅からは再び南房総市になる。

 

駅周辺

 

南房総市役所最寄り駅という理由から市の中心地として位置付けられているような場所で賑わいはあまり感じられない。南房総市の鉄道駅全てにおいて同じような感じ。

 

その他

 

南房総市が合併してできる前は富浦町という「びわ」の生産量日本一を誇る町だった。現在は南房総市として千葉県のびわの名産地を担っている。

 

南房総市は市内に道の駅が8ヶ所と日本で一番道の駅が多い市である。大半が海沿いにあるようだ。

Stamp

設置場所 改札窓口

初夏の味覚、房総ビワの駅。スタンプの状態は悪め。2006年まで存在した富浦町(現南房総市)はビワの産地として日本一の生産量を誇っていた。南房総で生産される「房州ビワ」はみずみずしく大粒であることが特徴。初夏の味覚として明治42年から皇室へ毎年献上されている。

設置場所 改札窓口

E257系。背景には道の駅とみうらが描かれている。当駅から徒歩約17分のとんがり屋根が印象的な南房総市の道の駅。市の特産品であるびわを使った商品を販売するショップ、びわソフトやびわカレーなどが食べられるカフェレストランがある。

設置場所 改札外(駅スタンプアプリエキタグ)

初夏の味覚、房総ビワの駅。エキタグで入手したものなので絶対綺麗に押せる(?)

Gallery

駅名標。旧富浦町、南房総市の中心駅

縦型駅名標

東京から122.8km。描かれているのは「びわ」

名所案内。当駅は富浦海水浴場、大房岬自然公園、房州枇杷の生産地、妙福寺と袈裟掛(けさがけ)の松、里見公園、県立大房岬少年自然の家

ホーム。有効長11両、折り返し可能、特急待避。できることは隣の岩井駅と同じ

待合室。内房線で見飽きるくらいの外観

駅舎の中。一部の時間だけ有人駅。券売機、簡易Suica改札機、乗車証明書発行機

2026年1月24日に再訪問したら簡易Suica改札機が一台で入場出場家兼用タイプに置き換わっていた

インターホンと券売機。インターホンに当駅の駅員配置時間が書かれており、13時15分〜14時20分。わずか1時間5分。この駅員配置時間に当駅を発着する列車は2024年現在、木更津行きと上総一ノ宮行きのそれぞれ1本だけ

 

駅舎内の待合室。ジグザグ状のベンチ、結構お洒落な待合室。多くの人数が座れそう

待合室の展示物。写真、南房総「みなみ日和。」南房総の海、花畑、宿の3つの観光資源を家族で訪れて楽しむものがたり

駅前を正面に歩くと国道127号線。原岡海水浴場まで徒歩約8分、道の駅とみうら枇杷倶楽部まで徒歩約17分、南房総市役所まで徒歩約7分

駅舎に「びわ」の絵。当駅のある南房総市はびわの名産地

南房総・富浦へようこそ。南房総・富浦へようこそ。大房岬自然公園西1.5キロメートル。雄大絶景、釣りの適地

いつの間にかなくなった

トイレは駅舎の外にある。当駅に関わらず駅の外にあるトイレは利用しやすいため、汚れがち

トイレ前のモニュメント。便座とハイヒール。ファラオの座像とデュシャンの泉に着想を得たものらしい

歓迎

駅前にある観光案内所らしき建物

駅の横にある駐輪場は富浦駅と一体化したようなデザイン

冨浦駅の文字

南国感溢れる駅前のヤシの木

2018年撮影

Spot

原岡海水浴場

はらおかかいすいよくじょう

冨浦駅から約1km


全国的に珍しい木製の海上桟橋である原岡桟橋(岡本桟橋)が印象的な海水浴場。天候に恵まれれば富士山が見えるフォトジェニックなスポット。素晴らしい景観から「関東の富士見百景」に選定されている。唯一無二なロケーションのためCMやロケ地の舞台として度々登場しているようだ。海水浴場としては遠浅で波が静か、南房総市の中でも古くから人気の高いビーチである。

2023年5月21日訪問時、桟橋は工事中であった

工事中のため立ち入り禁止

写真が掲示されている。夕暮れ時の写真が多いことからその時間帯が一番綺麗だということがわかる。構図の参考にも

遠浅で波穏やかな海岸を歩く。イベントが開催されることも多いようだ

ゴールデンウィーク頃に花咲くハマヒルガオ。右下に捨てられた乾電池写っちゃった

海水浴場北側と豊岡海岸の間にある逢島(おおしま)。島とあるが関東大震災の隆起により陸続きになっている。恋人達が堂々とデートできない時代に逢瀬(おうせ)、つまり恋人との密会を楽しむための島だった

カルガモを発見。川や池の淡水にいるイメージが強いが海でも普通に姿を現す

2024年12月22日。木の橋は簡素な作りで、波が隙間から打ち寄せてくる。ちょい怖め

2024年12月22日2。桟橋は全長約160m、幅約1.8〜2.5m。主要部分はコンクリート、波打ち際に近い部分の橋板は木造。砂浜から浦賀水道に真っ直ぐ突き出した形状、木材によるレトロな構造、富士山が調和した景観などが評価されている、地域漁業の遺産並びに原岡海岸のシンボル

2024年12月22日3。この桟橋は大正時代に地元の漁業組合員と鮮魚仲買組合員が合同で岡本共同販売所を設立した際に、漁獲物の水揚げと出荷をするために設置した桟橋が前身。その後改修が行われ昭和時代に現在の桟橋となった

2024年12月22日4。かつて岡本村と呼ばれていたこの地は江戸時代初期から漁業が盛んだった。古文書には東金に滞在中の徳川家康へ鮮魚を送ったと記されている

2024年12月22日5。明治になると鮮魚の輸送が手漕ぎと帆の船から汽船に代わり、自力で航行できない艀(はしけ)を介したものになった。それに伴い艀を接岸させるための桟橋が必要となり、この桟橋が作られたというわけである

2024年12月22日6。桟橋は地引き網漁などで漁獲された魚介の水揚げ、艀の接岸で一年中賑わい、最盛期には桟橋周辺に共同販売所、氷倉庫、売店が立ち並んでいた

2026年1月24日。風が強く撮影に苦労したが相変わらず良いロケーション

冷たい風と強い波が押し寄せる

先に進んだら波をかぶってしまいそうなぐらいだった

ここは出逢いの聖地らしい。恋人の聖地ではない

ちょっと高台になっているところから撮る

夕暮れ時の岡本桟橋。朝方よりも遥かに人が多かった。早朝は富士山が見えたが見えなくなってしまい残念

風は相変わらず強く、波も高い。この状況で桟橋の先端まで行くにはなかなか勇気がいる

桟橋に人が多く撮影チャンスを探すのに苦労

ここからはカメラのバッテリー切れでスマホで撮影。電柱に灯りがついて綺麗

こおり屋。かき氷とコーヒーとジュースのお店

こおり屋のホットコーヒー

コーヒーを片手に夕暮れの岡本桟橋を眺める。風が強すぎて全然落ち着かない・・・

2026年1月31日。富士山見える、波も穏やかでコンディション良好

皆が思い思いに撮影を楽しむ

夕日が今日の終わりを告げる

多くの人が桟橋の先端で富士山を撮影

日が落ちてくると灯りのともった電柱が綺麗

カメラマンよりもカップルと若者グループが大半を占める

前こんなに人いたっけなぁ・・・?

暗くなってくると人は段々少なくなってくる

もうすぐ夜だ

電柱の灯りが桟橋を照らす。木造の橋に電柱、電柱の裸電球とノスタルジック

夜になって人はもう3人ぐらいしかいない。静まり返った原岡桟橋

夜も美しい原岡桟橋。近くにいたカメラマン曰く「こんなに綺麗なのにもったいないね〜」

最後の一枚を撮って帰宅。夜の撮影は難しい、少しブレた

大房岬

だいぶさみさき

冨浦駅から約4km


キャンプ場や展望台、遊歩道などがある長さ2kmの岬。館山湾と富浦湾の境目に位置し浦賀水道に突き出るようにある。豊かな自然を有しており海水浴、森林浴、登山まで何でも楽しめる場所。太平洋戦争時には陸軍が東京湾の防衛用の砦として使用していた歴史を持ち、今でも要塞跡や砲台跡が残るなど戦争を今に語り継ぐ戦争遺跡としての顔も持つ。因みに「大房」は「たいぶさ」と連想しにくいため難読地名と言われている。

海岸園地。美しい海と崖を臨む広場。大房岬を代表する景観の場所だが、道から外れた所なため見落とさないように

海岸園地から見る海の景色は良い。下に降りる道もあり、岩場で釣りをする人もいる

大房岬を象徴する場所、海食崖の縞模様が美しい岬。横方向からの圧力によってできたもの。自然の芸術品

ここは艦砲射撃の演習場として使われていた歴史があり、その痕跡として崖に弾痕が見られるようだ。館山湾から発射された艦砲射撃の砲弾跡で当たるには当たったが外れたほうが多かったという。また魚雷艇の発進基地としても使われていた場所でもある

景勝地として申し分ない

 

戦争時に使われた大房岬の要塞群。観測所・発電所・照明所・掩灯所・爆薬庫等を地下に鉄筋コンクリート造りで完成させている。東京湾に侵入する敵艦を神奈川県剣崎砲台と協力して防御するとともに、館山湾を援護した。この探照灯跡地は要塞群の中で一番の見どころかもしれない

結構奥まで続いている。ここは探照灯(航空機を探すための明かり)に関連した施設で、探照灯を実際に使用する「照明所」と呼ばれる施設。奥の台座らしきものが何か意味ありげ。谷の間を歩けば向こうに行けるが雨が降った後だと水が溜まって行けなくなる

照明所の上から外が見える。探照灯は当時、レーダーがあまり発達していなかったため防衛上重要な施設であった

なんか退廃的・・・。通路は薄暗く坂になっている。少々不気味だが冒険心をくすぐられる

先ほどの遺構の向かい側にある戦争遺構。こちらも探照灯に関連した施設で、ここは探照灯を格納する「掩灯所(えんとうしょ)」。必要に応じて探照灯を台車に乗せレールで運搬し、照明所に設置した

掩灯所の内部。外から光が差し込み比較的明るい。一部立ち入り禁止

掩灯所の脇にある出入口

 

開放感のある南芝生園地。空と海が広がる気持ちのいい広場

海を横目に遊ぶのは楽しそうだ。ここの下に大房不動滝と行者の窟がある

行者の窟(いわや)。西暦701年、伊豆の大島に島流しとなった役(えん)の小角(行者)は毎夜大房岬に飛んできて窟を堀り、不動明王の像を祀ったと伝えられる。その後、付近を荒らしていた海賊を小角が撃退していたことから人々は感謝し、不動明王を熱心に信仰した

大房不動滝。結城の戦いに敗れて安房の国に逃れてきた里見義実(さとみよしざね)がこの滝で身を清め、不動尊に武運を祈願していた

南芝生園地の下に広がるタイマイ浜。タイマイというウミガメの仲間が卵を産みに来たという

雀島。これといった情報はない

タイマイ浜は磯遊びに適した場所

 

所々海が顔を覗かせる遊歩道。距離4.2km、随所にアップダウンが見られる

要塞跡地発電所施設。危険なため入口はコンクリートで封鎖されている。砲塔・砲側庫・観測所などの電源用としてドイツ製の50馬力ディーゼルエンジンを用いた発電機が置かれていたらしい。重要な施設だったため技師だけが立ち入りを許可されていたという

第1展望台。ここは戦争で使われていた第一砲台の跡らしい。かつてこの場所に配備されていた第1砲台の形を模した展望台である

第1展望台から見る景色。東京湾の防衛拠点としてはうってつけの見晴らしだ

砲台跡地。ワシントン軍縮会議の結果、不要となった艦砲2門の砲塔が2基備えられ、対岸の剱崎に備えられた砲台と一体になって東京湾の防衛にあたったが、時はすでに航空機の時代となっていて実践に参加する機会もなく終戦を迎えた

砲台跡地付近にある弾薬庫(砲側庫)跡。敵に見つからないよう半地下構造で、上部はカモフラージュのため植樹されている。雨が降った後は中に水が溜まるようなので注意

中は通り抜けできるようになっていて真っ暗闇な小部屋が二つある。ここに弾薬を保管していたらしい。小部屋の中はライトがないとなにも見えない

これは弾痕だろうか?弾薬庫は攻撃を受けたのか?

第2展望台のある広場。弁財天の洞窟のある海岸に下りる階段がある

第2展望台からの景色。富士山を真正面に望める、夕日の絶景ポイント

青い海と空が綺麗だ

 

弁財天の洞窟。伝説によると「人々を苦しめていた海賊が役(えん)の行者に捕らえられてこの洞窟に閉じ込められ、慈覚大師に助けられて金の竜となって天に昇り、抜け出した跡が洞窟になった」と記されている。中は弁天様を祀った祠があり、洞窟は8km以上離れた館山市那古の那古弁天(白岩弁財天)まで繋がっていると言われる。しかし実際はすぐ行き止まりのようだ

弁財天の洞窟周辺。磯の景色が良い。ここに下りる道が少々きつい

ぐるぐる階段(らせん階段)の展望塔。房総半島から富士山までぐるっと見渡せる

展望塔から見る景色、2022年。運動園地を下に望む

展望塔から見る景色。2026年1月31日

展望塔から見る景色2。2026年1月31日

湧水地(モーリー池)。夏の渇水期でも水が絶えることなく湧き出ている。岬の基盤である岩が凝灰質砂岩で水を含みやすいこと、地質の重なり方、湧水地点が窪地になっていることから周囲の地層内を通ってくる水が湧き上がってくる。モーリー池とはモリアオガエルが繁殖に来ることから

モーリー池の近くにあるドーナツ池。由来は池の形がドーナツのようだから。モーリー池に湧き出た水は森の栄養分をたっぷり含み、地下水路を通ってドーナツ池へ流れている。2つの池はトウキョウサンショウウオとモリアオガエルが産卵に訪れ、エサを求めてヘビやアナグマやフクロウなどの動物も集まる。栄養分を含んだ水は次に海へ流れることにより海の生き物たちの養分にもなっている

増間島(ますまじま)。昔、房州増間村に大雨が降り水神様を祀った川の中の島が流され、村人達が探しに出たところそっくりな島を大房岬で発見する。引いて帰ろうとしたが動かなかったので増間島と名付けて帰ったという

大房岬から見える冨浦漁港。5〜9月にかけては大房岬を中心とした素もぐり漁が行われ、多くのサザエやアワビが水揚げされている

道の駅とみうら 枇杷倶楽部

みちのえきとみうら びわくらぶ

冨浦駅から約1.5km


国道127号にある道の駅。緑のとんがり屋根が特徴的な外観。開設当初の南房総市富浦町は日本一のびわ生産地だったことから「枇杷」を冠し、たくさんの出会いのある「倶楽部」となる願いを込めて枇杷倶楽部と命名された。ショップでは特産の房州ビワを使ったびわジャムやびわゼリーなどのオリジナル商品の販売、カフェレストランでは房州びわを使用したびわカレーやオリジナルドリンクを提供する。2000年の全国道の駅グランプリにおいて最優秀賞を受賞しており、暖かさと気安さなどが非常に評価されたとのこと。

ショップではびわを使用したお土産がたくさんある。完熟びわゼリーと、当道の駅オリジナルのびわピューレ入りカレーせんべい。数あるびわ商品の中で売れ行き1位は房州産びわピューレをたっぷり使用した完熟びわゼリー

ショップではびわを使用したお土産がたくさんある。完熟びわゼリーと、当道の駅オリジナルのびわピューレ入りカレーせんべい。数あるびわ商品の中で売れ行き1位は房州産びわピューレをたっぷり使用した完熟びわゼリー

マグネット。道の駅シンボルマーク上の三ツ星は全国モデル道の駅の証。全国モデル道の駅とは地域活性化の拠点として特に優れた機能を継続的に発揮していると認められた道の駅。全国でここを含めた6か所存在するが、標識に三ツ星があるのはここだけである

テイクアウトメニュー、びわジュースと焼きびわカレーパン。びわジュースは房州びわの自社製ピューレを使用したオリジナルの果実飲料で、びわ本来の風味がそのままの濃厚なジュース

カフェレストラン。房州びわのピューレを隠し味に使用したびわカレー。びわの優しい甘さとフルーティな酸味、カレールーのマイルドな辛さがうまく調和している。多い時は1日100食以上オーダーされる人気メニュー。びわで町の活性化に繋げる目的から誕生した、20年以上の歴史を持つメニュー

カフェレストランのびわソフト。びわ本来の味と香りをいかに引き出すか、その試行錯誤の上完成したソフトクリーム。びわの果肉と地元産の牛乳のソフトクリームに、自家製のびわシロップ漬けを添えている。ソフトクリームはびわ本来の香りを再現する特殊な製法を用いているようだ

びわのステンレス製モニュメント。当道の駅のオープンに合わせ製作。モデルのびわは房州びわの主要品種「田中」。一口に房州びわといっても様々な品種があり、田中は房州びわを発展させた品種で現在も広く栽培されている

 

道の駅おおつの里 花倶楽部

みちのえきおおつのさと はなくらぶ

冨浦駅から約4km


南房総の代表的な花や果物を多く栽培する道の駅。花園は入園無料、国内最大級の大型ハウス内で雨を心配することなく花の観賞や花つみ、フルーツ狩りを楽しめる。道の駅の大部分は花園が占めており直売所の面積は小さめ。道の駅よりも観光農園としての側面が強い。「おおつ」とは房州地方では大きな沢(山間の広く浅い谷)という意味があり、富浦では一番大きい尺が4kmほどの長さで広がりその中間部に当道の駅がある。

総面積4000坪の大型ハウス。見るのは無料。ポピーや金魚草をはじめとした四季折々の花をここで栽培

スターチス。開花時期は1〜5月。ドライフラワーにしても色が変わらず美しい姿を保つという

ストレリチア。和名はゴクラクチョウカ(極楽鳥花)。開花時期は10〜6月

当道の駅ではほとんど市販されていない貴重な黄色のストレチアを栽培している。ゴールド・クレストといい南房総市で誕生した

花の形が金魚に似ているから金魚草。8種類の花の色がある

金魚草の開花時期は3月下旬〜4月中旬。花びらが4〜6つくらい開いているのを摘むのがポイント

金魚草は暑さと寒さに強いため育てやすいとされる

ポピー。開花時期は12〜4月。代表的な春の花の一つ。房総半島の花摘み園ではよく栽培される花

スプレーストック。開花時期は12〜3月。芳香性とふんわりした花が特徴

直売所で地元で人気とされるパン屋の自家製クリームサンドとスモールハムカツを購入。当道の駅に飲食施設はない(2026年2月現在)

lunch

たつみ中華(ラーメンチャーハン定食)

海鮮食堂 とみうら亭(超特大!アジカツ丼)

 

 

 

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Column

東京から〇〇km

 

千葉県は東京都に隣接しているが故に観光地や施設などは東京都心から○○分、○○kmなどと表されることが多い。

 

そうした性質からか、千葉県房総地区の一部駅には東京から○○kmと書かれた看板がホーム上に設置されている。どこを基準として何kmなのかは不明だが、この看板はこの駅が東京から何kmの場所に位置しているかがわかるだけでなく、看板に描かれた絵でその駅周辺の特色が理解できるようになっているのだ。

 

ここではこの看板を東京から近い順に見て詳しく解説していく。

 

総武本線・成田線「佐倉駅」
東京から55.3km

佐倉武家屋敷。佐倉市を代表する観光スポットの一つでかつて佐倉藩士が住んでいた武家屋敷を復元したもの。城下町佐倉の面影を残す3軒の武家屋敷を見学できる。

 

成田線「成田駅」
東京から68.4km

成田山新勝寺。不動明王を信仰する中心地であり関東屈指の寺院。成田空港に近いこともあって季節問わず多くの参拝客が訪れる。隣接する成田山公園は梅や紅葉の名所である。

 

総武本線・東金線「成東駅」
東京から76.9km

山武市名産のイチゴ。山武市の国道126号線を中心に20軒ものイチゴ農家があり、関東最大級イチゴ狩りスポットとして知られる。このイチゴ農家が集中する一帯はストロベリーロードと呼ばれている。

 

成田線・鹿島線「佐原駅」
東京から95.3km

佐原の大祭。佐原の町並みで7月と10月に開かれるお祭りで関東三大祭りの一つ。高さ4m、重さ4トンもある巨大な山車(だし)を町内衆が曳きまわすというもの。

 

久留里線「久留里駅」
東京から96.9km

久留里城。室町時代に現在の君津市の山の上に築かれた城。城の完成後に3日1回、計21回雨が降ったことから「雨城」とも呼ばれる。現在の久留里城は再建された模擬天守。山の上にあるため観望に優れている。

 

外房線「御宿駅」
東京から104.6km

御宿海岸の月の沙漠記念像。御宿海岸は童謡「月の沙漠」のモデルになっていることを記念してラクダに乗った王子と姫の像がある。隣接する月の沙漠記念館には様々な展示がある。

 

久留里線「上総亀山駅」
東京から106.5km

亀山湖。亀山ダムの建設に伴いできた人造湖でヘラブナやブラックバスの釣りの名所。紅葉の名所でもあり12月上旬まで楽しむことができる。養老渓谷と並び日本で一番遅い紅葉と言われている。

 

内房線「浜金谷駅」
東京から107.0km

鋸山。鋸南町と富津市の間に位置する標高329.4mの山で千葉県を代表する観光地の一つ。ふもとから山頂までは鋸山ロープウェーで結ばれている。鋸山にいる日本寺の境内には鋸山大仏や断崖絶壁の地獄のぞきなどが存在する。

 

外房線「勝浦駅」
東京から110.1km

かつうらビッグひな祭り。勝浦市の遠見岬神社を中心とした地域で、全国から寄贈されたひな人形を飾るイベント。約3万体のひな人形が勝浦市をひな祭りムードに仕立てる。遠見岬神社の60段の階段を利用したひな壇は圧倒的。

 

内房線「保田駅」
東京から110.5km

水仙。鋸山の南に位置する鋸南町は水仙の日本3大群生地の一つで、水仙は江月地区や大崩地区、佐久間ダムに多く群生する。12月中旬から1月末頃にかけて花を咲かせる。

 

総武本線・成田線「銚子駅」
東京から120.5km

犬吠埼灯台。銚子市を代表する観光スポットで関東最東端の犬吠埼に建つ高さ31mの灯台。灯台の上に上れば美しい海岸線を望むことができる。銚子電気鉄道「犬吠駅」が最寄り。

 

内房線「富浦駅」
東京から122.8km

びわ。現在は南房総市だが、南房総市が発足する前に存在した富浦町は日本一のびわの生産量を誇る町。房州びわはブランド化されていてゼリーやジャム、アイスなどの加工品なども多く販売されている。

 

外房線「安房小湊駅」
東京から123.5km

鯛の浦のタイ。安房小湊駅の前に広がる内浦湾は鯛の浦と呼ばれる海域があり、本来深い場所を住みかとするマダイが浅い場所に群生している珍しい場所。遊覧船に乗って鯛の浦で餌を撒くと海面に群がってくる。

 

内房線「館山駅」
東京から128.9km

菜の花。千葉県を象徴する花であり県の花。春の訪れを感じさせる花であり温暖な気候の南房総は都心よりいち早く春が訪れ、早い所では1月中旬からその黄色い花を咲かせる。

 

外房線・内房線「安房鴨川駅」
東京から132.5km

前原海水浴場。安房鴨川駅最寄りの海水浴場で鴨川市内最大規模。日本の渚百選認定地。海沿いはヤシ並木が続く約1kmの遊歩道が整備されている。北東部には鴨川シーワールドがある。

 

 

 

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