.jpg)
駒ケ嶺
こまがみね
Komagamine
田園地帯見渡す無人駅
JR東日本
常磐線(日暮里起点)311.4km
開業日 1952年(昭和27年)7月10日
当駅から浜吉田駅までの間は東日本大震災の被害が大きく、新地駅と坂元駅に関しては津波で全壊し新しい高架駅が建てられている。山下駅は崩壊せず浸水被害を受けたがこちらも高架化された。当駅は状態が良好だったため手を加えられる事なく再開した。
駅周辺
新地(しんち)町に位置する駅。当駅は田園地帯の中に立地しており、周辺に民家はあまりない。
駅名標
駅名標2
縦型駅名標。福島県浜通り最北の新地町の駅
ホーム。田園地帯のど真ん中にあるような駅。のどかで落ち着く
番線表示。駅の出入口に接しているのは1番線
2番線ホームにある待合室。後ろに広がる田園地帯がなかなか良い
小さな駅舎の中。乗車駅証明書発行機、簡易Suica改札機が設置された無人駅
田んぼが広がる駅前。周辺に民家は少なく、目立った所は見当たらない
駅の看板
トイレ
ようこそ新地町へ!子眉嶺(こびみね)神社、くるめがすりの家、新地貝塚など
.jpg)
原釜尾浜海水浴場
はらがまおばまかいすいよくじょう
駒ケ嶺駅から約6km
相馬港のある原釜地区、松川浦新漁港のある尾浜地区の間に広がる比較的波が穏やかで遠浅な海水浴場。海水浴シーズン時は海の家も出店する事から多くの家族連れで賑わう海水浴場である。東日本大震災による津波で被災し、海開きは長らくの間されなかったが2018年度より再開した。周辺は憩いの場の海浜公園、被災した原釜・尾浜・磯部地区の震災前の風景を伝える伝承鎮魂祈念館がある。
展望台から松川浦大橋方面を見る
展望台から相馬港方面を見る
遊具
相馬市 伝承鎮魂祈念館。東日本大震災による犠牲者の追悼、失われた風景を後世に伝える施設
館内。無料で入れる
震災犠牲者の慰霊である458体の地蔵
震災前の風景や震災直後の状況などの写真が多くある
ブータン王国寄贈品、災害災難防止の聖者「タルタン・ギャルポ」。厳粛に供養開眼し、多くの守護神の御加持を受けている
尾浜こども公園
ポケモンのマンホール「ポケふた」がある。「ラッキー」と「ポニータ」
.jpg)
カゲスカ海岸
カゲスカかいがん
駒ケ嶺駅から約7km
鵜ノ尾崎灯台の建つ鵜ノ尾岬と堤防に囲まれた湾状のビーチ。白亜の鵜ノ尾崎灯台と青空と砂浜が織り成すコントラストが美しいビーチである。南うねりが入るパワフルな波が楽しめるサーフィンポイントとして評判を集める。遠浅で砂浜が広いため、干潟時や波が穏やかな早朝は水面に空や灯台が反射した写真が撮れるらしい。カゲスカとは何なのか、何が由来なのかは調べてもわからず。
鵜ノ尾埼に建つ鵜ノ尾埼灯台
松川浦の浦口に架かる松川浦大橋
.jpg)
鵜ノ尾埼灯台
うおのさきとうだい
駒ケ嶺駅から約7km
鵜ノ尾岬に建つ塔高15mの四角形の灯台。建築およひ初点灯は1953年。灯台の近くまで遊歩道が整備されており灯台を近くで見ることができるが、内部公開はされておらず上れない。海抜約20mの岬からの景色は良く、太平洋や潟湖(ラグーン)の松川浦を見下ろせるポイント。1986年、静岡県の清水港を出港し北海道の羽幌港に向かっていた海洋調査船「へりおす」が悪天候に合い、鵜ノ尾岬の沖合いで沈没し乗組員全員が犠牲になった出来事があった事から慰霊碑が建てられている。
鵜ノ尾埼から見る景色
鵜ノ尾埼から見る景色、晴れ。前回より草が伸びた
大洲海岸
松川浦
鵜ノ尾埼地蔵尊
奥の院 夕顔観音。夕顔にのって海上から鵜ノ尾岬へ観音が流れてきたという伝説がある
へりおす乗員之碑。1986年に鵜ノ尾崎沖で沈没した「海洋調査船へりおす」の海難事故で亡くなった9人の乗員を慰霊する
←NEXT→
