空港第2ビル駅
Column
(成田空港のページ「成田空港ができるまで〜序章〜」の続きです)
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都心から約60km、年間利用者数4000万人以上を超える成田空港は日本最大の国際拠点空港である。開港から40年以上たった今も日本の空の玄関口として活躍している。
しかしそのような成田空港が現在に至るまで壮絶な過去があったのだ。今では考えられないような辛く、重いものである。
1966年、成田での空港建設に対して住民たちは自らの手で開墾、20年にも渡るローンを終え土地が自分のものになるはずだったのに国に取り上げられてしまうことに反感を覚え、三里塚芝山連合空港反対同盟、すなわち「反対同盟」を結成し反対運動を進める。
初期の反対運動は日本社会党や日本共産党が支援する違法運動で、当時の運輸省、千葉県、地方自治体へのデモなどを連日行っていた。
他にも狭い土地を多数で共用するものと登記して用地買収を困難にするなど、様々な運動が積極的に行われた。
一方国側は保証の考えを改め、相場以上の買取や手厚い保証を地主たちに示した。この時点で9割以上の地主は理解し、嫌々ながらも賛成する者もいたようだ。
反対する者たち「反対同盟」は国際空港の工事が進むにつれ、あらゆる勢力との共闘を宣言し、「新左翼」と呼ばれる大学生や青年労働者で構成される政治勢力が反対同盟に手を貸すようになった。新左翼の参入により日本社会党や日本共産党は距離を置き始めた。
反対同盟は過激化し、暴力的なものになっていった。反対同盟の活動により工事が遅れ進まないことから1971年2月に第一次行政代執行が行われる。行政代執行というものは所有者に代わり、国が適正管理に向けた取り組みを行うことである。すなわちこれは国が空港の公団の代わりに反対同盟の妨害を食い止めるというものだ。
反対同盟は国が放った機動隊に対して火炎瓶などで応戦、住民や新左翼などが入り乱れ負傷者や逮捕者が数百人ほど出てしまった。
1971年9月には第二次行政代執行が行われる。機動隊員が火炎瓶を投げつけられたり集団で竹やりや鉄パイプで襲われ、機動隊員3名が死亡。この出来事は大きく報道された。死傷者が出てしまったものの行政代執行は成功し、空港の工事は着々と進んでいく。
しかしまだまだ反対同盟の抵抗は続く。1972年には航空妨害を目的とした鉄塔を建てる。
鉄塔が燃料のパイプラインの工事を妨げていることから強制撤去をしようとするが、反対同盟と衝突し、同盟の一人が死亡。
これに対する報復として交番勤務の警察官が火炎瓶などで襲撃され、警察官一人が死亡。
争いが続く中、住民側からは「我々が望む反対運動とは違う」と声がわずかながら挙がった。この争いがあらぬ方向へ進んでいることに気づくものが出てくるようになってきた。
1978年には計画の半分である1滑走路と1ターミナルの工事の終わりが見え、3月には開港できるところまで来ていた。しかし、またもや反対派の襲撃が起こるのだった・・・。
続く(東成田のページへ)
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JR・京成の「空港第2ビル駅」と東成田線・芝山鉄道線の「東成田駅」同士は約500mの地下通路で繋がっており、徒歩連絡ができる。ただこの駅同士を乗り換えるメリットはほとんどない。東成田駅は電車の本数が少ないどころか寂れていて何もないので、はっきり言って物好きや空港関係者しか役に立たない。だが不思議と行ってみたくなるような好奇心を揺さぶるルートである。
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JRから東成田駅に向かうルート。JRの改札を背にして右方向に進みます。京成(京成本線・成田スカイアクセス線)から来た場合はまた違うルートになるのでこれを参照する必要はありません。
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すると第2、第3ターミナルと書かれた看板がある。看板の矢印は気にせず真っすぐ進む。
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真っすぐ進むと左手方向に東成田駅への連絡通路がある。ここに入れば東成田駅に行けます。
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東成田駅への連絡通路のほぼ向かい側には京成の改札出口がある。京成から来た場合はこの改札から出てくることになるので、ほぼ正面に東成田駅への連絡通路が見えます。
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連絡通路をひたすら歩きます。通路は500mあるので意外と歩きます。人気がなく無機質でどことなく不気味ですが安心してください、監視カメラが作動し警察官もたまに見回りしています。
因みにここ・・・・・圏外です。
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通路を抜ければ東成田駅の改札前に出ます。お疲れさまでした。
東成田駅はかつての成田空港駅を担っていた経歴があり、現在の位置に成田空港駅が開業すると同時にこの駅は東成田駅となってすっかり寂れてしまいました。廃墟みたいな駅ですが一部の物好きには好評な駅のようです。

空港第2ビル駅はJRが1面1線、京成が1面2線ホームであり、京成に至っては京成本線用と成田スカイアクセス線用のホームが上下線の同一線上に並ぶという構造になっている。空港の玄関口を担う駅にしては随分と手狭になっているがどうしてだろう。
これは東京と成田空港を鉄道で結ぶために計画され、白紙に終わった成田新幹線の用地をJRと京成で分けあったからである。限られた用地で京成は2路線が乗り入れるため、一つのホームを2つに分断し停止位置をずらすことで2路線の駅を実現しているのだ。
しかし、やはり用地が厳しかったのか京成本線上り(京成上野方面)3番線ホームは有効長が6両しかないため、8両編成の後ろ2両が成田スカイアクセス線1番線ホームにかかってしまう事態が発生している。

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成田空港に乗り入れる京成・都営・京急の車両にドアカットの装備はなく、ドアとホームドアは通常通り開閉されてしまうため京成本線の列車なのに成田スカイアクセス線ホームから乗降できてしまうのだ。ただし京成本線経由で運行されるモーニング・イブニングライナーのAE形にはドアカットが可能である。
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ホームドアは全てのドアではなく2両分だけを開閉できる。だったらホームドアは開けなくていいのではないかと思うが、車両のドアが開いたのにホームドアが開かないというのは誤って降りようとした乗客がホームドアに衝突するなど、様々な不都合が生じるためホームドアも開けているのだろう。
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この時誤乗を防ぐため駅員を配置、成田スカイアクセス線1番線ホームの該当する乗降口の頭上に発車標を設置し、列車が到着すると「ご乗車できません」と多国語で表記する。
こんなことするぐらいなら車両をドアカットに対応させればいいのでは?と思うだろうがそうもいかない様子。
空港第2ビルは京成の駅だが、乗り入れる車両は他の鉄道事業者である東京都交通局(以下都営)と京浜急行電鉄(以下京急)がいる。自社の車両をドアカットに対応させたなら、都営と京急の車両も対応させなくてはならないだろう。他社を巻き込んでまで空港第2ビル駅のためだけにドアカットを搭載させるのは費用に見合った効果が得られるのだろうか?
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さらに空港第2ビル駅の京成本線は毎時3本運行と少なめなだけでなく、都営や京急の車両が京成本線経由でここまで来ることは少ないのだ。大半は京成の車両が来る。
以上の理由から車両を改造するまでもなく、人為的なドアカットをしていると思われる。
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