谷津
やつ
Yatsu

所在地

千葉県習志野市

 

1日平均乗車人員

京成電鉄(2011年)約5,470人

 

 

 

普通列車のみ停車。当駅周辺には「谷津遊園」という海辺の遊園地が存在していたが1982年に閉園した。そして最寄駅だった当駅は駅名が「谷津遊園駅」だった経歴がある。

 

かつて駅南側に存在した谷津遊園の最寄り駅で潮干狩りや海水浴客といった利用客で賑わい、房総半島を彷彿させるような商店街が広がっていた。谷津遊園はなくなってしまったが、現存する谷津バラ園と谷津干潟が観光地としての面影を残している。

京成本線

 

(上り)
京成船橋・日暮里・
京成上野・押上方面

(下り)
京成津田沼・
成田空港方面

普通

STAMP

谷津バラ園、読売巨人軍発祥の地、谷津干潟

船橋市郷土資料館で許可を頂き撮影したもの。メルフェンランド、コークスクリュー、バラ園。谷津駅が改称する前の「谷津遊園駅」になっている

STATION GALLERY

駅名標

縦型駅名標

ホーム

改札

谷津バラ園まで徒歩7分

北口は住宅街

南口のペデストリアンデッキ

デッキから見る景色

駅の看板

SPOT

谷津干潟

やつひがた

谷津駅から約800m


東京湾に飛来する渡り鳥の生息地で「鳥獣保護区」および「ラムサール条約」登録地。東京湾は1960年〜1970年にかけて埋め立てが著しく進んだが、多くの鳥が飛来する貴重な環境であったため埋め立てを免れて長方形のような池になった。干潟を囲むように約3.5kmの遊歩道が整備されている。

谷津干潟周辺では110種類の野鳥が確認されている。そのうち70種類が水鳥

野鳥の観察スペースや売店、展示コーナーなどが設けられたボランティア等の活動拠点「谷津干潟自然観察センター」

谷津バラ園

やつバラえん

谷津駅から約600m


約800種類7500株のバラを育てる公園。前身は谷津遊園と呼ばれる京成電鉄直営の遊園地だったが1982年12月に閉園、遊園地内の施設の一部だったバラ園を習志野市が買収し、谷津バラ園として現在も残されている。

 

毎年の千葉県民の日は無料開放となるらしい。

2020年11月時点の谷津バラ園

2022年5月21日時点の谷津バラ園

エリナ

バラのアーチ

ブライダル ピンク

モンタナ

ドルトムント

ミスターローズ

スパニッシュ ビューティ

ツル ショー ガール

コンデッサ

習志野市市制施行50周年を記念する習志野市だけのバラ「ローズ・50 ならしの」。夢と希望をイメージする鮮やかなオレンジ色

薔薇ぷりん、バラの焼きドーナツ

ゲートの外にある読売巨人軍発祥の地

STATION DATA

京成電鉄
駅構造 地上駅・橋上駅
ホーム

1面2線

開業日

1921年(大正10年)
7月17日

路線
京成本線
駅番号 KS25
キロ程

26.4km
(京成上野起点)

船橋競馬場
(1km)

京成津田沼
(1.5km)

年度別1日平均乗車人員
2000年 6,830
2005年 5,670
2010年 5,580
2011年 5,470

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COLUMN

谷津遊園

 

 

かつて谷津駅の近くには谷津遊園地(以下谷津遊園)と呼ばれる東京湾沿いの遊園地があった。この谷津遊園は塩田地および塩業試験場だった場所を埋め立てることにより、1925年に開園したものだ。母体は京成電鉄である。

 

 

谷津遊園は近隣にあるレジャー施設の船橋ヘルスセンターと共に、潮干狩りや海水浴のできる海辺の遊園地として大変賑わいを見せていたようだ。谷津遊園には大観覧車やコースター、ゴーカートや動物園、バラ園などがあった。

 

谷津遊園は黒字経営だったが、京成電鉄の東京ディズニーランドの経営参加計画に伴い、1982年12月21日に閉園することになる。

 

閉園後、園内の遊具の多くは北海道の遊園地に売却、観覧車は破棄、跡地の大半には団地を造成、残った土地は習志野市が買収して谷津公園になった。

 

 

バラ園に関しては閉鎖を惜しむ声が上がったため、1988年から「谷津バラ園」として再開園した。バラ園の経営者は京成電鉄の子会社である京成バラ園芸が行う。

 

 

また谷津バラ園出入口近くにある「読売巨人軍発祥の地」も谷津遊園のものとされる。1934年に来日したアメリカ選抜チームに対抗するために結成された全日本チームがここで練習し、後に現在の読売ジャイアンツになった経緯から設置されているようだ。

 

なお現在の最寄り駅は谷津駅となっているが、1927年8月21日〜1934年6月21日までは谷津遊園へのアクセス路線である谷津支線「京成花輪(現船橋競馬場駅)」〜「谷津遊園地」が存在していた。2駅だけの路線で、距離はわずか1.2km。複線だったようだ。押上方面からの直通運転も行われていたらしい。因みに京成花輪駅は谷津支線開業と同時に当駅も開業した。

 

 

しかし谷津海岸駅(現谷津駅)から谷津遊園を直線で結ぶ約300mの道路が開通する。この道路は後の谷津遊路商店街になる。谷津海岸駅から徒歩でのアクセスが向上したため1931年に谷津支線は必要性が薄くなり単線化、1934年には廃線になってしまう。これに伴い京成本線の谷津海岸駅が谷津遊園駅に改名されたのだった。

 

 

谷津遊園が1982年に閉園してから2年後の1984年、谷津遊園駅は谷津駅に名前を変え、停車していた特急が通過となる。2002年にはかつて設定されていた急行も通過になり、新たに設定された快速も通過になった。これにより谷津駅は現在と同じ普通列車のみ停車する駅になる。

 

 

以上のように谷津駅周辺は昔、観光地として賑わいを見せていたのだ。今ではすっかり住宅街になってしまったものの、現存する谷津バラ園などが当時の名残を残している。

 

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