稚内

わっかない

Wakkanai

日本最北端の鉄道駅

所在地

北海道稚内市

1日平均乗車人員

JR北海道(2022年)約50人

Train line

宗谷本線

上り
名寄・旭川方面

 

どんな駅?

JR北海道


宗谷本線(旭川起点)259.4km


開業日 1928年(昭和3年)12月26日

 

宗谷本線の終着駅にして日本最北端に位置する鉄道駅。日本最北端の市町村にして宗谷地方の行政・経済の中心地を担う稚内市の中心駅でもある。

 

駅は稚内市が整備した道の駅わっかないとも呼ばれる複合施設「キタカラ(KITAcolor)」内に入居しており、施設内には売店や飲食店やバスターミナルなどを備えている。

 

1面1線ホームの駅。当駅で貨物営業が行われていた頃はいくつもの側線を持つような駅だったらしい。

Stamp

設置場所 改札外

日本最北端の駅

設置場所 WEBアプリ「TRAIN TRIP」で入手

日本最北端の駅

Gallery

駅名標。日本最北端の駅

縦型駅名標。宗谷本線の終着駅でもある

1面1線のホーム。1日1往復札幌駅と稚内駅を乗り換えなしで結ぶ特急宗谷が運転されているが、それでも片道約5時間を要する距離。北海道の広大さを実感する

貨物営業が行われていた名残の土地。当駅における貨物営業は廃止され今ただ旅客用のホームが1つあるのみ

特急宗谷に乗って札幌駅に戻ろうとする時間、空き地に野生のシカが数頭いた

こんな間近でシカを見られるとは思わなかった。人に慣れているのか

日本最北端稚内驛 北緯45度24分44秒

旭川駅より259.4km。旭川駅は宗谷本線の起点駅

札幌駅より396.2km。函館本線と宗谷本線を合わせた距離

函館駅より703.8km。函館駅-長万部駅-沼ノ端駅-白石駅-旭川駅-稚内駅というルート計算で「白石」〜「札幌」間の往復分は含まない模様

東京駅より1547.9km。東北新幹線と北海道新幹線の営業キロを足し、上記の函館駅から稚内駅までと同じルート計算

指宿(いぶすき)駅より3057.4km。鹿児島県にある指宿枕崎線の駅。日本最南端のみどりの窓口設置駅および直営駅で、稚内駅と姉妹駅関係にある

西大山駅より3057.4km。鹿児島県を通る指宿枕崎線の駅で、JRグループの日本最南端の駅

枕崎駅より3099.5km。JRグループ最南端の駅を有する鹿児島県枕崎市と、同じく最北端の駅を有する稚内市は姉妹都市の関係にある

宗谷本線の線路終端部

線路終端部を駅舎内から見る。最南端(西大山駅)から北へ繋がる線路はここで終点です。

JR日本最北端の駅

みどりの窓口のある改札

運賃表。当駅から札幌駅まで片道8250円、特急利用だと11420円。宗谷本線の起点駅の旭川駅までは片道6270円、特急利用だと9220円

駅舎というか複合施設「キタカラ」内。売店、飲食店、バスターミナル、観光案内所と稚内拠点の観光に相応しい施設

スイーツショップ「orange egg」の宗谷の塩ソフト。甘じょっぱい

スイーツショップ「orange egg」のシカパン。シカの角をかたどったたい焼き風のおやつ

キタカラ2階にある展望台。稚内駅ホームを見下ろせる

KANE POPPO(カネポッポ)。樺太(からふと)が日本領土であった時代、機関車の汽笛代わりに使われていたと伝わる。日本とロシア友好鉄道の証として最北の駅で旅人をむすぶ

駅前。周辺は稚内市の市街地。日本最北端の地となる宗谷岬まではバスで約50分かかる距離。宗谷岬を目指すならばもうひと踏ん張り

駅前にある日本最北端の線路のモニュメント。現在のキタカラができる前、旧駅舎時代の終点だった場所にかつての日本最北端の線路だったものをモニュメントとして設置した

旧駅舎の日本最北端の線路は現在よりも約100m北側にあった。因みにこの車止めとレールはJR北海道から稚内市に寄贈され、市が駅前広場上のモニュメントとして復元したもの

モニュメントの先にレールの名残のようなものがある。北にある北防波堤ドームの横には北海道の稚内と樺太の大泊(現コルサコフ)を結ぶ稚泊連絡船への接続を目的とした仮乗降場の稚内桟橋駅があったという。これはその線路跡を表している

線路跡の終端部1

線路跡の終端部2

駅前にポケモンのマンホール「ポケふた」がある。アローラロコンとアローラキュウコン。因みにアローラロコンは通常種のロコン(ほのおタイプ)と共に北海道を道内外にPRする「北海道だいすき発見隊」に任命されている

駅前ロータリー。宗谷岬に行くバスは中央2丁目交差点の国道40号側から発車する

道の駅わっかない・みなとオアシスわっかない。道の駅わっかないはキタカラ内の施設として、みなとオアシスわっかないは当駅周辺の稚内港に位置する海と賑わいの交流空間

駅周辺と広域案内。稚内副港市場、開基百年記念塔、稚内公園、稚内フェリーターミナル、稚内港国際旅客フェリーターミナル、稚内港北防波堤ドームなど

稚内駅の文字。稚内とはアイヌ語の「ヤムワッカナイ(冷たい水の沢の意)」に由来する

稚内駅の文字2

Spot

宗谷岬

そうやみさき

稚内駅から約31km


北海道本島最北の地ならびに日本本土において一般人が普通に訪れることができる最北端の地。日本最北端の地の碑をはじめとした数々の碑に加えて土産物屋や飲食店が集まる観光地。稚内駅から行くとなるとバス利用となるが、本数が少なく終バスも早いため注意。

稚内駅前の稚内駅前ターミナルの1番のりばから宗谷岬へ向かうバスが発着する。宗谷岬は終点ではない。本数は2025年現在、わずか4本

稚内駅前から宗谷岬まで片道1600円かかるが、駅前ターミナル窓口にてお得な記念往復乗車券(2880円)が販売されているのでそちらを推奨。普通に往復するより320円安い

お盆休みに訪問時、日本最北端の地の碑は撮影目的の行列。バス訪問により見て回れる時間は2025年現在、約1時間(宗谷岬着14時20分・宗谷岬発稚内駅前ターミナル行き15時20分)。15時20分で終バス

海の向こうに見えるのは樺太・サハリン。ロシアが管轄する地域でかつて日本の領土だった島。宗谷海峡を挟んで稚内から約43kmの距離にある

弁天島。日本の施政下での最北端だという島。通常の交通手段で訪れることは不可能

間宮林蔵(まみやりんぞう)の立像。江戸幕府からの命を受け北方探索に赴き間宮海峡を発見し、樺太が島であることを確認した。この発見は当時の世界地図の空白を埋める偉業であり、世界地図にその名を残した人物

宗谷岬音楽碑。宗谷岬の春の光景を歌った郷土の歌「宗谷岬」の歌詞と楽譜が刻まれている

道路沿いに土産物屋などが立地している

日本で一番北の食べ処 食堂最北端

記念にクリアファイル、ステッカー、マグネット

日本最北端のバス停、宗谷岬停留所

旧海軍望楼。旧日本海軍が建設したもので、ここで当時最強と言われたロシアのバルチック艦隊の動きを監視していた

旧海軍望楼からの景色

旧海軍望楼からの景色2

平和の碑。太平洋戦争のさなか、ここ宗谷岬の沖合で日本とアメリカとの間で5時間に及ぶ戦いが繰り広げられ多くの人が犠牲になっている。これは戦後50年にあたる1995年に日米両国の人々が戦いで亡くなった人々を慰霊するために合同で建立したもの

あけぼの像。北海道の牛乳生産量100万tと飼育乳牛50万頭突破を記念して建立されたもの。若い男女が果てしなく広がる宗谷丘陵を見つめながら力強く立ち、天北酪農の夜明けを象徴する

ラペルーズ顕彰記念碑。1785年、海軍士官のラペルーズ伯爵は北海道北部の海上を探査通過時に北海道と樺太の海域に海峡を発見し、世界海洋界はこの発見と航海者の功績を讃えてこの海峡をラペルーズ海峡と命名した

日本最北端の灯台、宗谷岬灯台。1885年点灯の北海道では3番目に古い灯台。以来今日まで宗谷海峡を航行する船舶の安全を守っている

宗谷岬後ろの丘陵地にある宗谷岬平和公園

祈りの塔。1983年にサハリン西海域で起きた「大韓航空機撃墜事件」の慰霊碑。大韓航空の飛行機がソビエト連邦の領空を侵犯したためソ連の戦闘機によって撃墜され、乗員・乗客合わせた16ヵ国の269人が亡くなった